てんかんについて

ぼくには2つの持病がある。

てんかん」と「バセドウ病」だ。

今回は「てんかん」について書いてみたいと思う。

 

ぼくが初めててんかんの発作に見舞われたのは、もう20年以上も前のこと。

中学2年の冬だ。

 

当時のぼくは学習塾に通わされており、その日は格段に寒い一日だったと記憶している。

太っているくせに寒さに弱かったぼくは、その日、厚手のネルシャツの上にダウンジャケットを着込み、完全防寒の構えだった。

 

学習塾では暖房ががんがん効いていたが、ダウンジャケットを脱ぐこともなく、何故かそのまま汗だくになりながら、ぼくは講師の授業に耳を傾けていた。

 

たぶん脱いだダウンジャケットの置き場所がなかったんだろう。面倒なので、着用したまま授業に臨んでいたんだと思う。

 

1時間経ち、2時間経ち、次第にぼうっとのぼせ上がってくる。

頭がくらくらして、最後は目の前が真っ暗になる。

そして地面がだんだん起き上がり、まるで壁のようにぼくの目の前に立ち塞がる。

どうやら倒れてしまったようだった。

 

異変に気付いた講師たちに体を抱き起こされた時、ぼくは蟹のように口から泡を吹いていたという。

 

その日から卒業までの1年半、「蟹野郎」という何の捻りもない、残酷な呼び名でぼくはクラスの有名人となった。

 

のぼせて倒れたぼくは、後から病院に連れて行かれたのだが、診察の結果、どうやら原因は単なる「のぼせ」ではなかったことを知らされる。

 

原因は「てんかん」だった。

正確には「のぼせ」が、ぼくの「てんかん」を誘発したらしいとのこと。

ぼくの、記念すべき初発作である。

 

初発作から20年以上経つ。

あれから何度か発作に見舞われた。

いつもその原因は、薬の飲み忘れだった。

 

薬が切れて、そのまま数日ほったらかしにして発作に見舞われる。学生時代は何度かそれを経験した。その都度、笑い者になってしまい、枕を涙で濡らした記憶がある。

 

初発作から数年、何度か薬が変わり、最終的に「テグレトール」という古くからある定番の薬に落ち着いた。

 

さらにそこから数年、もうハタチを過ぎてから、テグレトールの容量は朝晩1錠ずつにまで減らすことができた。

 

しかし、これが限界。これ以上は減らせないらしい。医者が言うには一生飲み続けるしかないとのこと。そのことで昔は随分と落ち込んだこともある。

 

まぁ今となっては、テグレトールはぼくにとって障害添い遂げる大切なパートナーのようなものだ。それが手元に無いと、どうにと落ち着かない。精神安定剤のような意味合いもある。

 

そう、ぼくは、てんかんだ。

一生てんかん。一生付き合っていくのだ。